「人生はゲームだ」「仕事を遊びに」式の精神論は無意味
つまるところ、私たちの環境は「遊び場」としては粗悪品です。
ルールは人為的で理解が難しく、明確なゴールもなく、即時のフィードバックが少ないせいで未来への不安も増します。こんな状況では、おちおち安心して遊べないでしょう。
この問題に対して、「人生はゲームだ」や「仕事を遊びに」といったお題目を唱えても役には立ちません。
そもそも現代の環境から「遊び」が失われたのは、農耕の開始で生まれた遠い未来の出現に起因しています。これだけの変化に精神論で立ち向かうのは無理筋です。
私たちにできるのは、狩猟採集民から「遊び」の基本を学び、いまの暮らしに応用すること。そのためのキーワードは、「ルール設定」と「フィードバック化」の2つです。

【テクニック1】ルール設定は「イフゼン・プランニング」で
ルール設定においてもっとも効果が高いのは、「イフゼン(if-then)プランニング」という技法です。 1980年代に社会心理学の世界で生まれたテクニックで、「実行意図」と呼ばれる心理現象をベースにしています。
やり方はとてもシンプルで、「自分が決めたプロジェクトについて、「もしXが起きたら、 Yをやる」といった形式で実行のタイミングをルール化しておくだけ」です。具体的には次のようになります。
・6時になったら(X)掃除をする(Y)
・月曜になったら(X)会社の帰りにジムに行く(Y)
このように、達成したいプロジェクトに対して、「トリガー」になる条件を付けるのが 基本です。
その効果は多くの研究で確認されており、なかでもニューヨーク大学のピーター・ゴルウィツァー氏が行ったメタ分析が有名です。実行意図に関する94 件のデータを精査したところ、結論は次のようなものでした。
「イフゼン・プランニングにより日常の目標を達成する確率は格段に高まる。その効果量は0・65 だ」
0・65という効果量はかなり優秀で、これほどのスコアを出したテクニックは多くありません。禁煙、禁酒、ダイエットなど、なんらかのゴールを持っている人はまず試すべきだと言えるでしょう。
あらゆる状況への応用が効く習慣化テクニック
「イフゼン・プランニング」のメリットは、あらゆる状況への応用が効くところです。たとえば、次のような使い方も考えられます。
・状況 計画を予定どおりに進める自信がない
設定「15時までに原稿が終わっていなければ、ほかの作業を止めて最優先で取り組む」
・状況 嫌な顧客と話さねばならない
設定「顧客からクレームが入ったら、いったん深呼吸をする」
・状況 誰かの役に立ちたい
設定「仕事中に頼み事をされたら、5分だけ手伝ってあげる」
いずれも状況はバラバラですが、「もしXが起きたらYをやる」のフォーマットにさえ落とし込めれば実行意図は起動します。

【テクニック2】フィードバックは「数字」で簡単に得られる
つづいて、「フィードバック化」についてです。
2017年、シカゴ大学のクリストファー・ハシー博士は、実験によって「無意味な報酬に人間はどう反応するか」を調べました。被験者はパソコンを使った作業を指示されたのですが、画面上にはつねに「謎のスコア」が表示されています。作業を終えるたびにランダムで増加しますが、作業のパフォーマンスを評価しているわけでもなく、得点を稼いだからといって賞品がもらえるわけでもありません。あくまでただの数字であり、被験者の多くも途中からその事実に気づいていました。
しかし、被験者のパフォーマンスには大きな違いが出ます。「謎のスコア」が速く上がるほど被験者のモチベーションも上がり、スコアが増えないときには作業効率が下がってしまったのです。
ハシー博士は、このようにコメントしています。
「数字のフィードバックは、低コストで大きなインパクトを持つ。この現象は、エクササイズでもビデオゲームでも政策提言でも同じように使えるだろう」
無意味な「数字」ですら報酬になりうるのだから、人間はよほどフィードバックに飢えているのでしょう。ただし、このことは同時に、私たちがいかに簡単にフィードバックを得られる生き物であるかも示しています。

「カレンダーに丸印」は報酬効果あり!
学校のラジオ体操でもらった出席シール、TODOリストのチェックマーク、釈放までの日数を独房の壁に刻む囚人……。ゴールまでの進行度と平行して数量が増えていくものであれば、人間の脳はなんでも快楽を得られるようにできています。
その意味でもっとも手軽なフィードバックは、「カレンダーを使った作業のトラッキング」でしょう。
方法は簡単で、その日のプロジェクトを達成したら、カレンダーに◯印を付けるだけです。原始的な方法ながらフィードバックの効果は高く、同じ原理を使ったスマホ用のアプリも公開されています。
ただし、どちらかと言えば、スマホよりアナログの手帳やカレンダーを使ったほうが効果は高くなるので注意してください。ハシー教授の実験によれば、モニタのスコアを消した瞬間に、被験者のモチベーションも下がる傾向があったからです。フィードバックはいつでも確認できる状態にしておきましょう。
この記事では、「仕事」を「遊び化」する2つのテクニックをお伝えしました。ポイントは「ルールを設定し、自分にフィードバックを与える」こと。このポイントさえ見失わなければ、仕事もプライベートも、どんな状況でも対応できるでしょう。
元記事「つまらない仕事を「遊び」に変える科学的テクニック」は2019年1月7日にBUSINESS LIFEに掲載されたものです。

つまらない仕事を「遊び」に変える科学的テクニック | BUSINESS LIFE - Part 2
https://business-life.jp/mental/11813/2仕事がつまらない。働きたくない。できることなら毎日遊んで暮らしたいが、生きるためにはそうもいかない……。 そう思ったことがあるなら、朗報だ。年に5000本の科学論文を読み続けるサイエンスライターにして、7万部突破の話題書『最高の体調』の著者・鈴木祐氏は、「仕事を含む現代生活を『遊び化』し、楽しみながら成果も上げる方法がある」と言う。 一体どんな方法なのか、鈴木氏に解説してもらった。 現代人特有の悩