「電気業界の未来を担う若者たちへ」㈱廣瀬電気 神田彩さんが語る、電気工事士のやりがいと未来

更新日:2026.10.26投稿日:2026.10.26

旅行会社、バックパッカー、カー用品店、旅行添乗員――。さまざまな仕事を経験した後、祖父が創業した株式会社廣瀬電気へ入社した神田 彩(かんだ・あや)さん。現在は同社取締役専務。電気の知識がほとんどない状態から第二種電気工事士の資格を取得し、現場経験を重ねながら電気工事の技術を身につけてきました。現在は営業と現場管理、電気工事士の仕事を兼務し、お客様への提案や見積もりなどに携わる一方、東京都電気工事工業組合の女性部会で会長を務め、女性が働きやすい業界づくりに取り組んでいます。
電気工事の仕事だからこそ感じる面白さややりがい、そして女性や未経験者が電気工事業界で活躍するために必要なことについて、お話を伺いました。

音楽から旅行業界、そして29カ国の旅へ。好きを追い続けた青春時代

――本日はよろしくお願いします。神田さまは、幼い頃から、電気工事が身近にある環境だったそうですね。

「廣瀬電気は、私の祖父が昭和13年に起業しました。普段から自宅の電気工事にも廣瀬電気の社員が来ていましたので、幼い頃からどんな仕事をしているのかはなんとなく理解していたんです。

幼稚園になると、経理をしていた母の仕事が終わるまで会社で過ごすことがあって、そのとき、ハンダを使って丸い玉を作って遊んだりしたことも。それでも、当時はまさか、自分がその仕事をすることになるとは思ってもいませんでしたね」

過去を振り返りながらお話しする神田さん
当時のことを振り返りながら、丁寧にお話ししてくれた神田さん。

――そうだったんですね。では、改めて神田さまのこれまでのご経歴について学生時代から遡ってお話を伺いたいと思っています。

「学生時代は、小・中・高・大まである一貫校に通い、エスカレーター式で進学していたんです。小学校から一緒の友達がいて、中学に上がると新しい友達が入ってきて、高校からもまた新しい友達が加わる…。そんな環境でした。ただ、高校生になったとき、変化の少ないこの環境に、なんだか、鳥籠の中にいるような感覚に陥ってしまって。何となく、このままじゃいけないと感じたんです。

そこで、自分自身に『私が本当にやりたいことは何だろう』と問いかけました。母がピアノの先生で、幼い頃から音楽が身近な環境だったこと、私自身もピアノを弾くし、ちょうどその頃、小室哲哉さんなどの影響でコンピューター音楽がすごく流行っていたこと…。これらを理由にコンピューター音楽が学べる大学への進学を考えました。

高校3年生になってから受験勉強を始め、試験科目の国語と英語、それからピアノをひたすら練習しました。周りはそのまま内部進学で大学に進む人が多かったので、受験勉強をしている人はほとんどいません。私も最初はみんなと同じように遊んでいましたが、9月頃からは本格的に受験勉強を始めました」

「とにかく旅行が好き」だった学生時代。海と旅行に明け暮れた
「とにかく旅行が好き」。学生時代にご友人との旅行先で。

――大学を卒業後の進路に旅行代理店を選ばれていますが、もともと旅行がお好きだったのでしょうか。

「大学卒業後の進路は、音楽を続けるか、音楽を教える先生になるか、主に2択だったのですが、そこまで音楽にのめり込んでいたわけではなかったんです。コンピューター音楽といっても、当時はまだ仕事として成り立つ分野が今ほど多くありませんでしたし、特別、楽器が得意だったわけでもありませんでした。『自分が好きなものは何だろう』と考えたときに、はじめに浮かんだのが旅行だったんです。そこで旅行会社を受けることにしました」

――好きを軸にお仕事を選ばれたのですね。

「ただ、旅行は好きでも知識はゼロに等しくて。試験でも、アメリカの首都をニューヨークと書くくらいですから(笑)。でも、とにかく気合いだけは誰にも負けない。『どこでも行きます!なんでもやります!』と面接で熱意を伝え、内定を獲得。代理店のカウンター業務に就くことになりました。

旅行カウンターで勤めていると日々、お客様から『あの国の○○が良かったよ』など、たくさんお話を伺うんですね。もともと旅行が大好きなので、話を聞いているうちに、私自身もどんどん行きたい場所が増えていって。友人も旅行がすごく好きでしたから、『じゃあ、2人でそれぞれ150万円ずつ貯めたら世界一周に行こう』と約束し、働きながらお金を貯めました。もちろん、勤めている間も月に二回は海外に行っていましたよ。夜まで仕事をして、そのまま深夜便に乗って、朝に現地へ着く。帰りも現地の夜便に乗って、朝帰ってきたら、そのまま仕事に行くようなこともしていましたね(笑)。当時は20代で体力もありましたし」

旅行代理店でも楽しく仕事をしていた
カウンター業務を担当していた旅行代理店時代。

「いざ目標金額を達成して退職、1年間のバックパッカーの旅へ。29カ国ほどまわりましたが、本当にさまざまな文化や価値観に触れました。1年間の旅を通して、知らない場所へ行って、新しいものを見たり、いろんな人と出会ったりすることの楽しさを改めて感じました。自分の知らない世界に飛び込んでみることで、考え方の幅も広がったと思います。そして、帰国後は別の旅行会社への就職が決まっていたので、何の心配もしていませんでした。ところが、帰国して間もなく9.11(※)が起き、国内でも旅行キャンセルが相次ぎ、旅行業界が壊滅的な状況に陥ります。私も次の就職先を探すことになりました。

仕事を探しながら、これからパソコンスキルが必須になると考え、派遣会社が無料で開催していたスクールへ通い、ExcelやWordの使い方を身につけました。ちょうど隣で授業を受けていた方が派遣会社の方で、数日後、とある企業の面接を受けないかと誘われたんです。それが車やカー用品を販売する企業でした」

※ 9.11:2001年アメリカ同時多発テロ事件

知識を手に入れると仕事がもっと楽しくなる———整備士~憧れの添乗員を経て、廣瀬電気へ

――面接に受かってそのままその企業で働くことにしたんですね。

「次の仕事が決まるまで、派遣会社で働くのもいいかなと、そのまま働き始めました。最初はコールセンターで働き、その少し後、アンテナショップのような店舗へ異動。ミニカーや車に関する商品を販売する業務に携わりました。その店舗の閉鎖が決まって再び就職先を考えようとしていたところ、社員さんから声をかけていただいて、都内にある別店舗の車販売部門に所属しました。

1年ほど経過した頃、契約社員での雇用を提案されたのですが、給与をはじめ、希望の条件を受け入れてもらえたため、とりあえずやってみることに。配属されたのは車検のカウンター業務でした。

カウンター業務では車検に通らない箇所についてお客様に説明していると、『これはどういうパーツなんですか?なんの役割があるんですか?』と聞かれることがあります。私は車の免許を持っているものの、車のエンジンオイルを交換することすら知らなかったため、お客様の質問に毎回うまく答えることができなかったのです。その都度、ピットのスタッフを呼び、直接説明してもらっていましたが、スタッフの手を止めてしまうし、自分で説明できないことも恥ずかしい。このままじゃいけないと、上司に『整備士の資格を取りたいです』とお願いしました。

週に何日か早上がりを認めてもらい、働きながら通える夜間の学校で勉強して整備士の資格を取得。車について自分で説明できるようになったことで、急激に仕事が楽しくなったんです」

整備士の資格を取ったことで、ますます仕事が楽しくなった
整備士の資格を取ったことで、ますます仕事が楽しくなった

――知識が増えることで、見える世界が広がり、仕事のやりがいも大きくなっていったのですね。


「私はとにかく売上を追い求めるのが大好きで、負けず嫌いなタイプ。旅行会社の時もそうでしたが、知識や技術がないまま入社したので、『売上だけは絶対に1位になろう』と決め、自分なりに知識を増やす努力をし、とことん仕事と向き合いました。どんなことでもいいから、1番になりたかったんです」

――しかし、次の転職先として旅行の添乗員を経験されています。どのような経緯で添乗員に転職されたのでしょうか。

「旅行会社で働いていた頃から、一度でいいから添乗員になってみたいという思いがありました。添乗員は、お客様と旅行中ずっと行動を共にし、さまざまな要望やトラブルにも対応しながら、旅全体を支える仕事。だからこそ、接客のすべてが詰まった“究極の接客業”だと思っていました。

車検カウンターで働いていたとき、廣瀬電気2代目の社長から、『廣瀬電気で営業の仕事をして欲しい』と声をかけられたんです。祖父が作った会社を大切にしたかったので、いずれは入社するつもりでいました。おそらく廣瀬電気が最後の職場になる、それなら尚更、ずっと憧れていた添乗員の仕事を経験しないと後悔する。そう考え、会社を辞めてすぐに必要な資格を取り、添乗員の派遣会社に入りました。念願だった添乗員になれましたが、実際にやってみると…自分には合わなかったんですよね。

結果的に数カ月ほどで辞めることになりましたが、やりたいことに挑戦できたのは良かったと思っています。やってみないと合うか合わないかわかりませんし、今でもずっと後悔していたはずですから」

2ヶ月ちょっとで資格をゲット。資格を取得し、現場で学ぶことの大切さを実感

――さまざまなお仕事経験を経て、30代後半で廣瀬電気に入社された神田さん。今まで電気とは無縁の業界でお勤めされてきましたが、入社当初は仕事で苦労することもありましたか?

「はじめは何をすればいいかわからなくて。創業者の孫として入ったとはいえ、電気の知識はない。まわりも私に何を任せればよいか戸惑っていたと思います。なので、最初の1カ月くらいは何もできないことが本当に辛くて、辞めたいと思うこともありました。それでも、とにかく何か役に立ちたいと考えて、作業着のほころびを縫ったりしていました…。

でもこのままではいけないと思い、周囲の方々へ自分から声をかけたことで、現場へ連れて行ってもらえるようになりました。そのときはひたすら重たい荷物を運ぶ手伝いをしましたね。『あの人がいると助かる』と思ってもらわなければ、仕事も任せてもらえず、このまま放置されると思ったからです。そうやって必死に動いているうちに、現場に連れて行ってもらえる機会が増え、少しずつ仕事も任せてもらえるようになっていきました。それが本当に嬉しかったですね」

電気工事士技能競技大会に出場して課題に取り組む神田さん
神田さんは電気工事士技能競技大会にも出場している

――そこから、仕事を覚えるためにどのようなことに取り組んだのでしょうか。

「4月に入社しましたが、6月には第二種電気工事士の試験があったので、資格取得を目標に掲げて必死に勉強しました。

根っからの文系でしたから、計算問題にはとにかく苦戦しましたね。ですが、学科については過去問をひたすらやるといいと教えてもらったので、理解できるまでとにかく過去問を繰り返し解き続けました。最初は電気のことが全然わからなくても、勉強を続けるうちに工具の名前も少しずつ覚えていって、誰かに『○○(工具名)を持ってきて』と言われたときに、『あ、参考書の○ページに載っていたものだ』とわかるようになっていきました。バラバラだった知識が、少しずつつながっていく。知識が増えれば増えるほど、仕事もどんどん楽しくなっていきました。

技能試験は、会社が所属している組合の講習を受講しました。3日間みっちり練習できて、間違っているところも教えてもらえたので、短期で身につけることができました。がむしゃらに勉強した結果、無事に合格し、現場にも積極的に連れて行ってもらえるようになりました。電気は、現場で実際に見て学ぶことがスキルアップへの近道。だからこそ、現場に出る時間を私は重視しました」

――お仕事を通じて、「おもしろい」「楽しい」と感じる瞬間はどんな時ですか?

「営業の仕事では、どうすれば実現できるのかを考えて見積もりを提出する必要があります。現場を見て、『あそこに点検口があるから、そこから配線をキャッチできるな』とか『ここまで持っていって、向こうから壁を下ろせばいけるかな』と、その場で施工方法を考えるんです。お客様と一緒に方法を考えているときはとてもワクワクしますね。

とはいえ、今でも判断に迷うことはありますので、そういうときは、何十年もの現場経験を持つ職人さんに頼ります。一緒に現場を見ながら、サクサクと提案してもらえるので、私も学ぶことが多いんです。今でも新しい発見がありますし、常に学びがある。それが本当に楽しいんです。一目見ただけで状況を把握して、施工方法を次々に考えていく。その引き出しをどれだけ持っているんだろうって思いますし、そんな職人さんたちのことを心から尊敬しています。

時代が変われば施工方法やルールも変わります。それでも確実に対応できるのは、日々、情報を収集しながら、適切な施工方法を考えて仕事をしているからであり、そういうところも、職人さんの素晴らしいところであり、このお仕事の面白いところです」

使い慣れた工具が揃った腰道具。職人の背中がかっこいい!
使い慣れた工具が揃った腰道具。職人の背中がかっこいい!

「ありがとう」の言葉が、人々の暮らしと安全を守っていることを実感させてくれる

――電気工事士の仕事を通して、やりがいを感じたエピソードを教えてください。

「関東にある、1棟約200世帯のマンション7棟で、全棟のキュービクルや高圧ケーブル、開閉器の更新工事を行ったときのことです。開閉器盤を更新するにあたり、約200世帯のお部屋を一斉に停電させる必要があったんです。

高齢者が多いマンションでしたし、朝9時から夕方5時までの一日停電ですから、もしも生命維持装置を使用されている方がいれば大変です。トラブルなく作業が完了できるよう、数カ月前からマンションの掲示板やエレベーターホールに案内を掲示し、居住者様のほか、デイサービスや訪問介護の方にも情報を届けました。居住者様の介護状況なども確認し、問題がないことを確認したうえで工事を実施。無事に作業を終え、拡声器で終了のご案内をしたところ、何人もの居住者様が窓を開けて『ありがとう』『お疲れさまでした』と暖かい声をかけてくださったんです。

一日停電で大変だったにも関わらず、工事をした私たちに労いの言葉をかけていただいて、本当にうれしかったですし、電気の事故を未然に防ぐための工事に携わることに、大きなやりがいを感じました。停電中は、テレビも見られないし、電話も使えない。エレベーターも止まるので、階段を使わなければなりません。そうした状況の中でも、『電気の工事で、自分たちの生活を良くしようとしてくれているんだ』と思っていただけたことが、心からありがたかったですね。

電気は、今の生活にはなくてはならないものです。だからこそ、多くの人々の暮らしを支えていると実感できることに、電気工事の仕事ならではの大きなやりがいを感じます」

――電気業界でお仕事をするようになって、「電気」に対する見方はどのように変わりましたか。

「業界に入ってから、電気の怖さを実感するようになりました。どの部屋にも当たり前のようにあるコンセント。状況によって、電気が通った状態でコンセントの交換作業をしなければならないこともあるのですが、ある作業中に感電した経験から、電気がものすごく怖くなってしまって。

電気を扱う仕事を通して、“便利さ”と対極にある電気の“怖さ”を知ったからこそ、人の動きや電気周りのちょっとしたことにも危険を感じるようになりました。電気は、扱い方を誤ると命に関わるものです。だからといって電気を使わずに生活することはできません。だからこそ、プロとして電気の安全を守っていかなければならない。そこにはある意味、使命のようなものを感じています」

「女性の声」を業界の変革につなげる。働きやすい環境づくりへの挑戦

――女性電気工事士のネットワーク作りや、電気業界のイメージ向上・交流イベンなど、さまざまな取り組みをされていますが、今、もっとも注力されていることを教えてください。

「今、一番力を入れているのは、女性の入職者を増やすことです。全国の企業における女性の割合は45%ですが、電気工事業は事務職などを含めても女性の割合が18%にとどまっています。電気工事業界では慢性的な人手不足が続いていますし、今後は女性の力も必要不可欠です。

企業側の声を聞くと、女性を採用したくても、何から手をつければいいのかわからないというケースも少なくありません。興味を持っていただくには、女性が働きやすい環境を整えていかなければなりません。だからこそ、実際に働いている女性から意見を集めることが重要です。

女性部会の仲間たちと。みんなで働きやすい環境を作る
女性部会のイベントにて。所属先は違っても仲間がいるから頑張れる!

『こんな制度があったら働きやすいのに』『子育てをするときに、こうしてもらえたらよかった』など、女性が働く中で感じるリアルな意見を集めて、女性を採用したい企業の経営者や役員の方にそのまま伝える。その意見を汲み取っていただき、少しずつでも働きやすい職場環境へ変えてもらえれば、女性も入職しやすくなるのではないでしょうか。

特に耳を傾けるべきは、なかなか声を上げられない女性職員の意見です。普段はなかなか意見を言えない人の『こうしてほしかった』という声の中にこそ、重要なヒントがあると思うんです。ですからまずは、女性が安心して意見を言える環境をつくることに注力していきたいですね」

――女性の場合、仕事以外にも出産や育児、介護など、さまざまな場面で悩むことがあります。

「だからこそ、女性同士で集まって話すことにも意味があると思うんです。私自身、女性部で同じ立場の仲間と集まるようになってから、仕事に対する意識がかなり変わりました。仕事のことだけでなく、女性ならではの悩みやライフステージの変化についてもざっくばらんに話せるし、『こんな時はこうするといい』など互いにアドバイスしあえるので気持ちが和らぎます。ですから、もっと多くの女性技術者にこのような場を活用いただきたいですね」

――電気工事の現場は、昔と比べて女性が働きやすくなっているのでしょうか。

「電気工事業界は年々変わりつつあります。昔は、太いケーブルの端子を圧着するのも、とにかく力が必要で、男性の方が向いているというイメージがあったと思います。しかし今は、扱いやすい電動工具の登場により、以前ほど力を必要とせずに作業できるようになりました。もちろん、配線を引っ張るときなど、どうしても力が必要な作業はありますが、端子を上げる作業は電動工具でできますし、資材を運ぶ場合も、台車を使いエレベーターで運ぶこともできます。

太ケーブルを圧着する際に使用する工具も、今では電動のため、女性でも力を使わず簡単に作業できる
太ケーブルを圧着する際に使用する工具も、今では電動のため、女性でも力を使わず簡単に作業できる(左より、古いタイプの圧着工具、最右が最新式電動工具)

現場環境も、昔と比べてかなり変わってきました。以前は現場に女性用のトイレがないこともありましたが、今ではきれいなトイレが用意されている現場も増えていますし、現場管理もデジタル化が進み、書類の作成にかかる時間も短くなりました。36協定など、労働時間を適正に管理する取り組みも後押しして、残業も以前より大幅に減っています。

職人の世界でよく言われてきた『見て盗め』という考え方も、今は仕事をマニュアル化して、誰でも一定の水準で対応できる方向へと進んでいます。技術や現場環境が変わり、昔ほど、男女で大きな差が出なくなってきているからこそ、今が業界を変えるチャンスだと感じています」

右が最新のケーブルカッター
右が最新のケーブルカッター。サイズ感も小さく操作しやすい。

――一方で、出産や育児など、女性が長く働き続けるためには、仕事以外の部分でのサポートも重要になりそうです。

「女性はライフステージに合わせて出産や育児を経験する方もいますから、その前後のフォローをどのようにするかを考えていかねばなりません。子どもが小さい間は時短勤務にしたり、周りがフォローしたり。そういう体制が構築され、長く、安定して働ける環境が当たり前になっていけば、もっと業界に興味を持ってくれる方が増えると思うんです。

勤務時間が決まっているなら、その時間に合わせて仕事を配分することもできますよね。たとえば子どものお迎えに合わせて16時まで勤務するなら、『何時までにこれを終わらせて、次にこれをやれば16時に帰れる』と、事前にスケジュールを作って仕事を進めればいい。時間を逆算して仕事を組み立てるのが得意な女性は多くいます。そのため、周囲の協力も前提にありますが、少しの工夫で、子育てをしながらでも働き続けられる環境がつくれるはずです」

――それに、複数のことを同時に考えながら行動する力に長けている女性は多いように感じます。

「一つの作業を進めながら、その先の段取りや周囲の状況にも目を配る。そうした力を発揮できる多くの女性は、現場でも大いに活躍できると思います。性別にかかわらず、それぞれが持つ強みを、もっと現場で活かしていけるといいですよね」

――いわゆる「マルチタスク」といわれるような、複数のことを同時に考えて行動する力ですね。

「もちろん、性別に関わらず人それぞれに向き・不向きはあります。たとえば、設計のように一つのことを深く考えて、集中して取り組む仕事は、男性の方が得意な人は多かったりします。それぞれの強みや得意を組み合わせれば、誰もが力を発揮できる場面がたくさんあるんですよね」

今までの経験が強みになる!異業種からの転職者も増えている電気工事業界

――ちなみに、最近では異業種から転向する方も増えているのだとか。

「最近はAIやテクノロジーがどんどん進化していて、IT業界から現場仕事へ転職する人も出てきています。実際にうちの会社にも、IT業界から転職者がいるんです。その人はもともとDIYが好きで、『これからは手に職だ!』と、電気工事士の資格を取得した後、入社してくれました」

――IT業界で培ってきた経験も、現場で活かされているのでしょうか。

「入社してから、会社の棚卸しシステムを作るなど、業務のデジタル化を進めてくれて非常に助かっています。これまではお客様から『このスイッチを交換すると、いくらかかりますか?』と聞かれても、その場ですぐに内訳と正確な金額を示せるものがなかったんです。そのため、ざっくりと『大体9,000円程度です』とお伝えして、『具体的な内訳を教えていただけますか?』と聞かれた際、回答に詰まってしまうことがありました。

でも、その社員が計算アプリを作ってくれてからは、交換するスイッチが何個、材料が何個とその場で入力して、お客様の前で内訳と金額をお伝えできるようになりました。正確にお伝えできることでお客様も安心感がありますよね。ほかにも、みんなから『こんなシステムがあったら便利なんだけど』とアレコレ相談されていて、すでに会社の中で引っ張りだこです!」

――異業種で身につけたスキルが、そのまま現場で役立っているのですね。

「むしろ、異業種で培った経験があるからこそ、電気工事業界でできることの幅がぐんと広がる気がします。電気工事の技術を身につけながら、それまでの経験も方々で活かすことができる。そういう意味でも、いろいろな業界から人が入ってきてくれたら、お互いに知識や経験を与え合える関係になれると思いますね」

――性別も年齢も関係なく活躍できるのが電気工事士なんですね。

「うちの会社でも、未経験者の40代の方を面接することがあります。働く意欲があって、仕事を続けていける方であれば、資格を取ったばかりという人でも活躍できます。これから現場で経験を積んでいけばいいんですから。電気工事の仕事は、手に職をつけて長く働けるだけでなく、それまでの人生で身につけてきた知識や経験も存分に活かせる仕事なんです」

――お話を伺っていると電気業界にはまだまだ可能性がたくさんある!と感じました。最後に、電気業界に興味を持っている読者へメッセージをお願いいたします。

「電気工事業は、これまで3K、『きつい・きたない・キケン』と言われていた時代もありましたが、今は『給料がいい・休暇が取れる・希望が持てる・かっこいい』という『新4K』と呼ばれる言葉が生まれるなど、業界を取り巻く環境が変わってきています。

再生可能エネルギーの普及やデジタル化、インフラの老朽化対策などにより、これから社会の中で電気に関わる仕事はますます増えていくでしょう。電気は、ただつくるだけではなく、その場に合わせて使える状態にする必要がありますが、それには、人の手が欠かせません。

電気工事業の魅力は、若いうちからでもある程度年齢を重ねてからでも社会に必要とされる技術を身につけられること。「自分にはこれができる」と胸を張って言える技術があれば、それは誰にも奪われない自分自身の財産になります。資格を取得し、現場で経験を積むほど、その技術は確かなものになっていくんです。

自分が施工した照明器具に明かりが灯る。その瞬間、大きな喜びを得られますし、電気の知識を身につければ、お客様の要望を聞きながら、最適な提案をすることもできます。そして仕事を終えたあとに、お客様から『ありがとう』と言っていただける。そこまで含めて、電気工事の仕事には大きな魅力があると私は思います。また、電気工事業は、現場で施工する仕事だけではありません。設計をする人、提案をする人、現場を管理する人、会社を支える人など、さまざまな役割があります。つまり、年齢や性別に関係なく、それぞれの強みを生かして活躍できる業界なんです。

私が日々感じている仕事の楽しさや喜びを、もっとたくさんの人に知ってもらいたい。そして、実際にこの仕事に就いて、一緒にその楽しさや喜びを感じてもらえたらうれしいです」

プロフィール

神田 彩(かんだ・あや)さん

大学卒業後、旅行会社やカー用品店での勤務、添乗員などを経験。その後、祖父が創業した廣瀬電気に入社。電気工事士と営業を兼務しながら、現在は同社取締役専務として重責も担う。東京都電気工事工業組合の女性部会会長としても活動し、女性が働きやすい電気工事業界の環境づくりにも取り組んでいる。2026年(令和8年)第62回電気保安功労者経済産業⼤⾂表彰を受賞。

株式会社廣瀬電気公式ホームページ:https://www.hirosedenki.co.jp/index.html

アイキャッチ画像
「電気工事の資格は人生を豊かにしてくれる手段のひとつ」電気工事士歴20年の女性技能者 前中由希恵さんが語る電気工事士の魅力とは

アルバイトをきっかけに電気工事の仕事と出会い、電気工事士の道へ進んだ前中由希恵さん。しかし、そこで目の当たりにしたのは、女性が働く環境の厳しさでした。それ…

アイキャッチ画像
業界をよりよくしたい!〜株式会社ビトウで代表を務める女性技術者・尾藤紗希さんが伝えたいこと

未経験から電気工事の世界に足を踏み入れ、その魅力とやりがいにどんどんハマっていったと語るのは、株式会社ビトウ代表取締役・尾藤紗希さん。女性、特に働くママさ…

この記事をシェアする:

Twitterでシェア Facebookでシェア LINEでシェア

一覧に戻る

関連のある記事

企業を探す

気になる企業を調べることが、未来への第一歩!
あなたに合う電気の仕事を
ここから見つけてみませんか?

いろんな会社を見てみる