「電気工事の資格は人生を豊かにしてくれる手段のひとつ」電気工事士歴20年の女性技能者 前中由希恵さんが語る電気工事士の魅力とは

更新日:2025.04.30投稿日:2025.05.01

前中さんメイン

アルバイトをきっかけに電気工事の仕事と出会い、電気工事士の道へ進んだ前中由希恵さん。しかし、そこで目の当たりにしたのは、女性が働く環境の厳しさでした。それから女性躍進に向けて2021年、「一般社団法人 女性技能者協会」を設立。交流会やワークショップを精力的に開催し、女性技能者が現場で働きやすい環境を作るために情報を発信したり、電気工事士を始め技能者の仕事の魅力を伝えたりしています。
本記事では、前中由希恵さんが電気工事士として20年以上の経験を積んできた中で感じた課題と、今後の取り組みについてお話を伺いました。

自分の手で何かを作る楽しさが電気工事の仕事へとつながっていった

―前中さんが学生時代に興味があったこと、夢中になっていたことはなんですか?

小学校の時は社交的ではなく、どちらかというと一人で黙々と何かしたいタイプでした。その頃から自分の手で何かを作ることが好きで、身の回りにあるものを利用し、自分が欲しいものを創作していたんです。たとえば、新聞に折込まれているおもちゃやさんのチラシを切り抜いてコラージュしたり、好きなキャラクターが印刷されたふりかけのパッケージを切り抜いて、サランラップの芯にはりつけ、テープでコーティングして飾ってみたり…。

自分で考え、工夫を凝らしながら楽しむことが得意だったので、美術や技術、家庭科といった科目の成績は総じて良かったですね。それも、根底にものづくりが好きという思いがあったからかもしれません。

―高校は工業高校に進学されていますが、将来はどの職業に就きたかったのでしょう。

経済的な事情で、小学生くらいのときから高校を卒業したら就職しようとその頃から考えていたんです。将来はファッション業界へ進みたいと思っていたので、ファッション工学科がある大阪の工業高校への進学を決めました。高校では色染工学を学び、卒業後は繊維系・アパレル系の仕事に就こうと思っていたんです。

―そこからなぜ、電気工事士を目指すことになったのですか。

私の卒業年はちょうど就職氷河期で、求人数自体が少なく、なかなか希望の職に就くことができなかったんです。卒業後の進路について悩んでいたときに、親の知り合いで電気工事士の親方をしていた人が「うちでアルバイトしてみないか」と誘ってくださって。その時は早く働きたいという気持ちが先行していましたし、工業高校出身で電気工事のことはなんとなく知っていたため、迷わずに首を縦に振りました。

改修工事中の一コマ。

当初はアルバイトだし、雑務や補助くらいだろうと思っていたのですが、初日から照明器具を設置する現場に同行し、実際の作業に立ち会いました。携わってみると仕事の面白さにすぐ気づくことができたんです。持ち合わせていた手先の器用さと、実際に現場で仕組みを見てきたこともあり、入ってから2ヶ月後に講習会へ参加し、最短で第二種電気工事士の資格を取得。工業高校時代にもいくつか資格を取りましたが、資格は手に入れるとやっぱり嬉しいもの。もともと自分の手で作業することが好きでしたし、現場での体験も楽しかったので、気が付くとそのまま電気工事士の道へ進んでいました。

電気工事士歴20年以上。大変だけど感動の瞬間があるからやめられない…!

―実際に電気工事の仕事をはじめてから気づいたことを教えてください。

職人さんたちの働く環境があんまり良くないと感じました。人数の割にトイレも少なく、休憩所も狭くて窮屈。そんな環境下でも、一つのゴールに向かってみんな熱心に取り組んでいるのは、仕事に誇りとやりがいを感じているからかもしれません。

自分で配線をして、照明器具を設置して、最後に灯りがついた瞬間、大きな感動が生まれるんですよね。電気工事の仕事は一筋縄でいかないことも多く、大変な仕事でもあるんですが、灯りが点いた瞬間は今までの努力が報われた気持ちになりますし、今までの仕事の集大成と言いますか…。感慨深いものがあります。それは20年経った今でも特別な瞬間ですし、この仕事の一番の魅力ですね。

―20年という長い年月の中で気づいた電気工事士の魅力を伺えますか?

電気工事士という資格を保有し、技術技能を持っていることって、すごく得なんじゃないかと思うことがあるんです。自宅でDIYも楽しめますし、ちょっとした修理もできますし。先日、旦那さんがお店をオープンしたのですが、店舗の内装を施工する際、大工さんや塗装屋さんたちと一緒に、私も電気工事で関わらせもらったんですね。日を追うごとに建築の知識が身についてきて、「もしかすると、いつか自分で家を建てることもできるんじゃない…?」って(笑)。

家の中にあるものは全て、暮らしていくうえで必要なことばかり。補修したり、配線したり、それを自分の手でなんとかできるということは、人生を豊かにしてくれる手段の一つになるんじゃないか…私はそう思っています。

―2021年にクラウドファンディングで資金を募り、「一般社団法人 女性技能者協会」を立ち上げられました。設立の経緯と立ち上げへの思いについて教えてください。

20年近く建設業界に従事してきましたが、前々から女性技能者の会があってもいいんじゃないかと思っていたんです。それに加え、コロナ禍で女性の失業率が男性よりも高いというニュースを目にして、女性が職を選ぶ際の選択肢が男性よりも狭く、世間は女性躍進と言う割に現状は働きづらい環境になっているのではないかと感じ、本協会を設立しました。

私自身も現場へ行った際に、女性だからというだけで肩身の思いをしたことがありましたが、身近に年齢が近い女性2人組の左官屋さんがいたんです。非常に心強い存在でした。一人では立ち向かえなくても、仲間がいれば頑張れるし、一丸となって声を上げることができる。女性が現場で感じた課題を解決するには現場のリアルな声を届け続けることが大事ですし、女性技能者が定着しやすい環境を作るには横のつながりが必要。それらを実現するために活動しています。

–今後「一般社団法人 女性技能者協会」を通してどのような活動を行っていきたいですか。

子どもたちと一緒に竹あかりのワークショップ

引き続き、小中学生向けにワークショップを行って電気工事を始め技能者として働く魅力を伝えつつ、女性技能者の交流会を開いてつながりを広げていきたいです。

先日、東京大学の講義室を借りて交流会を開催したのですが、当日は研究者や工務店勤務の方、ゼネコン社員、建設産業女性定着支援ネットワークの方など、さまざまな立場のかたが参加してくださいました。女性技能者の課題や声をダイレクトに届けることができ、その場で解決につながるような道筋が見えたのは大きな収穫でした。

今後も女性技能者の声に耳を傾け、第三者の意見を交えながらディスカッションすることで、社会へ、そしてしかるべき場所へ声を届けていきたい。国土交通省が取りまとめている「建設産業における女性の定着促進に向けた取り組みの中に、「建設産業における女性活躍・定着促進に向けた実行計画」があるのですが、この活動を続けてきたことで、有識者としてヒアリングを受ける機会をいただくことができました。少しずつかもしれませんが、着実に課題解決に向けた歩みを進めることができていると実感しています。

女性が活躍するために必要なこととは

―育児との両立について、課題に感じていること、業界として必要な取り組みを教えていただけますか。

今年度から子どもを保育園に通わせているのですが、初めの1ヶ月は慣らし保育と言って、子どもが保育園生活に慣れるまで時短での預かりになるんですね。保育園に入るまで、この制度があることを知りませんでしたが、実はこのケースのように、いざその場面に直面してから気付かされることって案外多いんです。そうなると、今までと同じように朝から晩まで現場で働くことはできません。

橋のライトアップを施工しました。

結婚して子どもが欲しいと思った時に仕事をとるか、家庭をとるのか、女性技能者は選択を迫られるケースが多いです。それは、女性技能者がいる環境は小規模なところが多く、その事で配置換えが難しく休職や退職となるからです。大手企業は従業員も多く、何らかの制度やルールが整っているかもしれません。しかし中小企業の多い建設業界ですと、建設業界自体がやや男性に合わせた働き方をしてきたところもあって、そもそもどのような制度や仕組みがあれば女性が働きやすくなるのか、いまだにしっかりと話し合われていないように感じます。

私が勤めているのは代表と私だけの小規模な会社ですが、また復帰したいと思えたのは会社で保険に加入していたため各種手当てがありましたし、会社の柔軟な対応があったから。子どもが生まれる前は私と代表は互いに別の現場を担当していましたが、復帰後は私が急に休む必要が出ても対応できるよう、一現場二人体制に変更。

つまり、女性技能者が長く現場で務めるためには、今の環境下で自分がどうするか、どうしたいか、家族や会社としっかり話し合って、それぞれの折り合いがつくところに結論を見出すことが重要なんです。

私も実際に経験して、改めて仕事と育児、どちらもこなすのは本当に大変なことだと実感しました。また、女性一人ひとりによってケースが異なりますし、会社側も「今までこのルールでやってきたんだからこうあるべきだ」というままだと、女性技能者が増えていくのは難しい。工夫をしたり、みんなで協力し合ったり、何ができるかを考えて、話し合っていくことが何よりも重要です。無理だと諦めるのではなく、少しずつでも互いができることを取り入れていかなければ、この先も業界全体が変わっていかない気がします。

分電盤の結線作業中。

私にはロールモデルとなるような2人組の左官屋さんがいました。一人は今も現場で、もう一名はお子さんを育てながら今は同じ会社の事務職を勤めてらっしゃる。自分の置かれた環境があって、それぞれがその中で自分の道を歩んでいますが、左官という仕事を通してつながっています。私の周りには尊敬できる多くの職人さんがたくさんいるんです。そうした職人さんたちの言葉に導かれて、今は自分らしさを大切にしながら働いています。

技能者だからといって、現場にたくさん出ることが全てではありません。電気工事士は手段でしかなく、自分が電気工事士という資格と技術をどう活かしていきたいか。自分が今後どうしたいか、自分がどのように生きていきたいかはそれぞれが見つけていくものだと思います。

「電気工事士」の資格は武器のひとつ。自分で自分の道を作っていこう

―前中さんが技能者として今後、挑戦したいことを教えてください。

電気工事の観点では、多くの人々を惹きつけられるような仕事をしていきたいと思っています。沖縄に電気工事から空間づくりまでを行っているバナナコンセプトという会社があるのですが、代表を務める仲宗根さんの電気工事の施工がとにかく美しくて。電気工事には内線規程が設けられているのですが、その範囲内で電気工事の施工、魅せ方、露出配線を施しており、まるで一つの作品を見ているよう。電気は灯りとコンセントと動力で機械を動かせるのですが、その電路が意匠として溶け込んでいるんです。私も魅せる施工ができるようになりたいですね。

また、電気工事士の資格を持っていても、異なる職種に就いている人が結構いらっしゃいます。この資格を持っているって本当にラッキーですし、人生を豊かにしてくれるツールでもありますから、講習会やワークショップを開催してもっと身近に、そして電気工事の魅力に気づいてもらいたいです。

―最後に、ワットマガジンの読者へメッセージをお願いします。

電気工事の仕事に興味を持っていただけると嬉しいですし、ぜひ、気軽にこの業界へ入ってきて欲しいと思っています。万が一、はじめに入った会社と相性が合わなくても、電気工事士の仕事を諦めないでください。私も何社か経験していますが、必ず学びがあって、自分にピッタリの場所が見つかるはずです。「この仕事が楽しい!」そのキラキラした気持ちをずっと大切にしてほしいと思います。

プロフィール

前中由希恵さん

一般社団法人 女性技能者協会 代表理事/なないろ電気通信株式会社

1986年生まれ。第1種電気工事士。工業高校で色染工学を学ぶも、希望の職業に就くことが叶わず、卒業後にアルバイトで電気工事の世界へ。2021年に「現場の声」を集め、技能者が働きやすい環境を作る為にクラウドファンディングに挑戦。182名の支援と達成率300%超えで一般社団法人 女性技能者協会を設立。

一般社団法人 女性技能者協会公式ホームページ

一般社団法人 女性技能者協note

なないろ電気通信株式会社公式ホームページ

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