世間には”朝型信仰”があふれています。
朝早く出社して仕事をすることが推奨され、始業前や始業後すぐの時間に会議や打ち合わせが始まる……。職場においても、こんな”朝型”スケジュールで回っているところが多いのではないでしょうか。朝早く起き、午前中に集中して仕事をし、夜は早く寝る。社会人の時間の使い方としては、理想的なものに思えます。
しかし、実はこの朝型信仰が「社会的ジェットラグ」という問題を引き起こし、働く人の心身に多大な負担をかけているかもしれないのです。
そう警鐘を鳴らすのは、国立精神・神経医療研究センターの三島和夫先生。日本睡眠学会・日本時間生物学会理事であり、米国スタンフォード大学医学部睡眠研究センターで客員准教授を務められていたこともある、睡眠研究の第一人者です。
「社会的ジェットラグ」とは、毎週末の時差ボケ
社会的ジェットラグ(Social Jet-lag)とは、「個人の体内時計(生体リズム)にマッチしない社会時刻(生活スケジュール)を強いられることによって心身の不調を生じる状態」のことです。
人の体内は本来、それぞれの体内時計に従い、規則正しいリズムで動いています。そのため、海外旅行などで時差のある場所に行くと、体内時計と現地時間が一時的にずれてしまい、頭が働かなかったり強い疲労を感じたりといった「時差ボケ」が起こります。
この「時差ボケ」が日々の社会生活の中で起きている状態が、「社会的ジェットラグ」です。
平日は会社があるので、眠くても毎朝決まった時間に起きる。そのぶん休日は好きな時間に寝て、好きなだけ寝だめする……こんな生活を送っている人も多いでしょう。しかし、これでは入眠時間と睡眠時間が毎週末ごとにずれてしまい、眠気が取れない、だるい、頭が重い……といった、「時差ボケ」のような不調に見舞われることになります。
まるで、毎週末ごとに海外旅行に出かけているような状態に陥ってしまうのです。
休日の「寝だめ」は夜型の人には不可抗力!
では、「寝だめをやめて、休日も平日と同じ時間に寝て同じ時間に起きればいいのか」というと、そう単純な話ではありません。人の体内時計の個人差は大きく、同世代においても、「入眠しやすい時間帯」の個人差は6時間強、「必要な睡眠時間」の個人差は3時間弱もあります。
よって、生まれつき「夜型」の体内時計を持ち、どうしても早寝ができない体質の人々もいるのです。
なお一説によると、「朝型2割・夜型3割・中間型5割」ともいわれ、完全な朝型以外の人は8割にものぼります。さらに、生活光などの影響により、現代人の体内時計は総じて遅れがちになっています。
このような「夜型」の体内時計を持つ人は、平日は無理やり「朝型」の社会スケジュールに合わせて生活しているため、慢性的な睡眠不足状態に陥っています。すると、体の「恒常性維持(ホメオスタシス)」機能が平日の睡眠不足を解消しようとし、休日の「寝だめ」が発生するのです。
つまり休日の「寝だめ」は、「朝型」の社会スケジュールに合わせて生活している「夜型」の人にとっては不可抗力といえるのです。
社会的ジェットラグが及ぼす重大な健康リスク
時差ボケぐらい、大したことないじゃないか」と思われるかもしれません。
しかし、社会的ジェットラグには重大な健康リスクがあることが、多数の調査・研究によって報告されています。かなり大まかにまとめると、以下のようになります。
・生活習慣病リスク
肥満・メタボリックシンドローム・糖尿病・高血圧・高脂血症・自律神経失調症・心血管疾患(心筋梗塞・脳血管疾患)など
・メンタルヘルスの不調
抑うつ感・不安感・うつ病・気分障害・認知症リスクなど
このように、社会的ジェットラグは心身ともに大きな悪影響を与えることがおわかりいただけたでしょうか。
自覚がない睡眠不足ほど危ない
「自分はよく眠れているから関係ない」
そう思っていても決して油断できません。なぜなら、現代人の多くが、自覚しない睡眠不足を抱えている可能性があること、さらに、自覚を伴わない潜在的睡眠不足でも、心身機能に影響があることが科学的に証明されているからです。
とくに日本人は要注意です。日本人の睡眠時間は一貫して減少を続けており、戦後70年の間に睡眠時間は1時間減少したとの報告もあります。さらに、2014年のOECDの調査によれば、日本人の平均睡眠時間は7時間22分とOECD加盟諸国中最下位。OECD加盟諸国の平均睡眠時間8時間25分と比べても1時間の差が出ています。
戦後以降、日本人は潜在的に睡眠不足を抱えているといえそうです。
「寝だめでうまく調節しているから大丈夫」
これも大きな間違いです。なぜなら、週末の寝だめでは「心身へのダメージ」は十分に回復できないからです。にも関わらず、寝だめによって一時的な眠気が取れてしまうために、睡眠習慣を見直さず、ますます「社会的ジェットラグ」がひどくなる悪循環にはまってしまうことになります。
社会的ジェットラグは「なんとか社会生活をやりくりできる」状態であるがゆえに、危険なのです。
後編では、社会的ジェットラグの具体的な対処法をご紹介します。
参考:三島和夫「日常生活に潜む社会的ジェットラグ問題」(主催:武田薬品工業株式会社)配布資料
元記事「朝型信仰の罠!体質の差が睡眠格差を生む『社会的ジェットラグ』に要注意」は2018年4月3日にBUSINESS LIFEに掲載されたものです。
朝型信仰の罠!体質の差が睡眠格差を生む「社会的ジェットラグ」に要注意 | BUSINESS LIFE
https://business-life.jp/sleep/9887#i世間には"朝型信仰"があふれています。 朝早く出社して仕事をすることが推奨され、始業前や始業後すぐの時間に会議や打ち合わせが始まる……。職場においても、こんな"朝型"スケジュールで回っているところが多いのではないでしょうか。 朝早く起き、午前中に集中して仕事をし、夜は早く寝る。社会人の時間の使い方としては、理想的なものに思えます。 しかし、実はこの朝型信仰が